よつと、失礼いたします。今夜、九時にお着きになるお客様がございますので、お部屋の支度をさせて参ります。
夫人  さあ、どうぞ……。

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るいの姿が右手に消えると、そこへ京野が食後の煙草を喫ひながら現はれる。
夫人は静かに起ち上つて、左手の窓ぎはに歩を運ぶ。
京野はさりげなく、そつちへ近づいて行く。
二人はしばらく、同じやうな姿勢で窓の外を見てゐる。
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京野  失礼ですが、奥さんは、小倉三郎君のお姉さんぢやいらつしやいませんか。
夫人  いゝえ。
京野  さうですか。それはどうも……。小倉といふのは僕の友人なんですが、丁度その姉さんが土屋といふ姓になつてゐるといふ話で思ひ出したんです。
夫人  土屋なんていふのは、ざらにありますわ。
京野  さうでせうか。でも、同胞《きやうだい》のやうに似てゐるといふのは、さうざらにはありませんよ。また、失礼かも知れませんが、小倉つていふのは、奥さんそつくりですからね。
夫人  無理に似せておしまひにならなくつても、ようござんすわ。御退屈でしたら、お話のお相手ぐ
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