て廻りました。うろ覚えに覚えてゐる顔を、どうかして見つけ出さうと思ひましたんです。駄目でございました。石炭で真黒になつた同じやうな顔が、眼だけ光らして、わたくしの方を、迂散臭く見てゐるだけでございます。それからは、港に着きますたんびに、船員たちの出入口に立つて、一人一人、顔を検《しら》べてもみました。皆目、見当がつきません。
夫人  ぢや、若し、その男を見つけ出したら、あんた、どうするつもりだつたの……。
るい  それがでございますよ、奥さま、わたくしに、どうすることができませう……。それや、むろん、ありつたけ恨みも云ふつもりでをりました。場合によつては、復讐をしてやるくらゐの考へもございました。しかし、いよいよ、相手がわからないとなりますと、たゞ、ひと目、会ひさへすればといふ気になり、今、「おれだ」と名乗つてくれゝば、なにもかも赦してやらうとまで思ひましたんです。
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ですが、それも望みがないとわかつた時、わたくしは、もう、生きてゐる心地がいたしませんでした。誰よりも、自分が憎らしうございました。今日は死なう、明日は死なうで、なんど、海の底をのぞき込んだことでござ
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