といふから、わざわざこんなところへ出かけて来たんだ。それほど名案でもなかつた。時節|外《はづ》れの海岸は、まあ、こんなもんさ。
女  ほんとに、あなたつて、どうしてさう、方々をお歩きになつたの? あたしが行きたいと思ふところを、みんな知つてるつておつしやるから、いやになるわ。
男  お前は、また、どうして、さう、何処も彼処も知らないんだ?

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廊下で鈴を鳴らす音。食堂が開いた報《し》らせである。
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女  ちよつと、顔をなほして来ますわ。
男  部屋は十七号だよ。さ、鍵を持つてかなけれや……。

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女、階段を上つて行く。その間に、女中頭の菅沼るい(五十歳)白い毛糸のジャケツを、肥《ふと》つたからだに軽く羽織《はお》つて勿体らしく右手のホールから現はれる。男に会釈して、蓄音機の蓋を開け、レコードを択り、賑やかなタンゴをかける。そして、傍らの椅子に腰をおろし、眼をつぶつて聴き入る。
帳場の方から、「サン・ルームの電気!」といふマネーヂャアらしい声。
菅沼るいは、ハッとして、起ち
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