つたら、かまはないよ。そつちから切つてくれ給へ。
女   まあ、迷惑だなんて、そんな御心配は、決して……でも……。
男乙  うん、それや無論、わかつてるよ。だから、こんなに急いでるんぢやないか。出来ることなら、一口で、なにもかも云つてしまひたいくらゐだ。僕は、君にとつて、邪魔な人間でありたくないんだ。どういふ意味でゝも、なるだけ遠くに離れてゐようと思ふんだ。しかし、僕たちの別れ方は、あんまり理想的すぎた。あんまり、美しい余韻がありすぎたんだ。眠つてゐる僕の腕から、そうつと抜け出して行つた君を、僕はまだ、夢の中で抱いてゐるんだ。可笑しい、こんな云ひ方をするのは……だが、ほんとに、さうなんだ。
女   それはもう、お察しいたしますわ。でも先程、奥様からお電話をいたゞきました時は、そんなお話は、ちつともなさいませんでしたけれど……。
男乙  我慢してたのさ。云つてもしようがないと思つたからさ。でも、僕は、難題を持ち出さうつていふんぢやないよ。それは安心し給ひ。君に是非、云つて置きたい、いや、寧ろ、知らして置きたいことつていふのは、つまり……。
男甲  なんの話だい……いつまでも……。
女  
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