隣室の中をのぞき、絶望的にソフアにもたれかゝる。
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女   あん時まで、あたしは、嘘を吐くのがいやだつたし、ほんたうのことが云へたら、どんなに楽だらうと思つてゐたのよ。それが、今では、嘘とほんたうの区別がつかなくなつたのよ。今迄、ほんたうだと思つてゐたことは、みんな嘘なんだわ。きつと……。あの人が、今、あそこへ行つてることだつて、嘘かも知れないわ。さうよ、見てらつしやい。(電話に向ふ)もし、もし、都ホテル……え、すみません。……あ、もし、もし、二百五番へ願ひます……。

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Aの部屋の電話が鳴る。男甲、受話器を耳にあてる。
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女   もし、もし。
男甲  聞いてるよ。
女   帰つてらしつたのね。
男甲  あゝ、帰つて来た。お前、何処にゐるんだ。
女   当てゝ御覧なさい。
男甲  わかつてるよ。今晩は帰らないのかい。
女   帰りたくつても帰れないの。赦して下さる?
男甲  別段、悪いことでもないぢやないか。早く帰つておい
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