すわね。兄は、あれで学校時代には法律をやつたり、文学をやつたりしたんですけれど、法律は始めから嫌ひでしたし、文学は、物事を複雑にするからつて、買ひ集めた本を、みんな売つてしまひましたの。でも、時々、歌なんか作つてるらしいんですのよ。
より江  あたくしなんか、本が読みたくつても、暇がありませんもの。

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長い沈黙。
(此の時、硝子戸越しに、大里貢がフレムを見廻つてゐる姿が見える)
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より江  (貢のゐるのに気づき)お兄さまがお帰りになつたやうですわ。あたくし、お暇しようかしら……。
牧子  (外をふり返り)あら、何時の間にか……。(立つて行つて、硝子戸に近づき、それを細目に開け)兄さま、もうお帰りになつたの。
貢  (腰をかがめたまま)誰か来なかつたかな。
牧子  学校の前の花屋さんから、いつもの人が来て、チュリップの球根を少し分けてくれつて云ふんですの。わからないから、今夜出直して来てくれつて、さう云つて置きました。それから、去年、一度来た、あのお爺さんね、露西亜人みたいな帽子を被つた、あの
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