まはひつて来る。恐ろしく沈んだ顔つき。牧子、そのあとから、不安らしくついて来る。
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牧子  今日は、もつと、遅くおなりになるだらうと思つてましたのに……。でも、あちらへ行き着くか行き着かないかぐらゐの時間ぢやありません……これぢや……?
貢  (牧子の腰かけてゐた椅子に腰をおろし、だるさうに帽子を脱ぐ。牧子、それを受け取る)さうさ、向うへ行きつくか行き着かないうちに帰つて来たんだもの……。
牧子  でも、顔だけは出していらしつたんでせう。
貢  いいや、出して来ない。
牧子  あら。
貢  やつぱり、出さない方がいい――ふと、あそこまで行つて、さう思つたんだ。向うとしちや、おれたちを呼ぶ義務があるだらう。しかし、こつちに、行く義務はないからね。
牧子  でも、行かなけれや、変に思ふでせう。
貢  変に思ふだらうな。――しかたがない。こつちとしちや、やつぱり、行かずに済ましたいからな。
牧子  ……。
貢  どうなつたつて、お互にこれまで通りの交際《つきあひ》ができれば、それでいいぢやないか。
牧子  此の一月つてい
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