ぼんやりその方を見てゐるが、思ひ出したやうに、くるりと正面を向くと、両臂をテーブルの上に突き、両手で顎を支へながら、何事か瞑想に耽る。此の間、貢とより江の姿は、現れたり、隠れたりする。長い間。牧子は、突然、テーブルを離れるが、何となくそはそはした様子で、茶器を片づけたり、窓から外を見たり、鏡の前に立つて髪を直したり、つくづく手の甲を眺め入つたりなどする。再び長い間。やがて、また、彼女は、書架の間より写真帖を取り出し、その頁を繰り始める。そして、低く、「西原」「西原」と云つて見る。それは、消えかけた記憶を呼び覚まさうとするものの如くである。また写真帖を繰る。一つの写真を長く見てゐる。外の足音に驚いて、写真帖を元の処にしまふ。貢、続いて、より江現る)
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牧子 外は寒いでせう。
より江 温室から出るのがいやでしたわ。さあ、もうお暇しなくつちや……。
貢 まあいいでせう。
牧子 ほんとに、おうちさへよければ……。
より江 いいえ、遅くなると、やつぱし母一人ですから……。それに、あの辺は、それや、寂しいんですのよ。
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