し、大好きですの。
貢  芝居も、長く観ないなあ。
牧子  (茶を薦めながら)より江さんに案内して頂いて、何時か行かうぢやありませんか。
貢  お前がさういふ気を起してくれればありがたい。高尾さんは、われわれの生活に、何か非常に尊い――例へば光りのやうなものを与へに来て下すつたんだね。失礼ですが、御主人は何処かへお勤めにでも……。
牧子  それが、今、お一人なんですつて……。お母さんと御一緒は御一緒なんだけれど……。
貢  へえ、さうですか。

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長い沈黙。
[#ここで字下げ終わり]

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牧子  より江さんがね、一度、温室を見たいつておつしやるの。兄さま、あとで御案内してね。
貢  ああ、いいとも……。今、あんまり花は咲いてませんよ。ぢや、暗くならないうち、一廻りして来ませうか。
より江  でも、お疲れになつてやしませんかしら……。今日に限りませんわ。
貢  ちつとも疲れてなんかゐません。(起ち上る)
牧子  (制して)まあ、お茶を召上つてからになすつたら……。そんなに広くもないんですから……。
貢  (腰をおろし)それやさうだ。
より江  今、どういふ花が咲いて居りますんですの。
貢  今はね、さうですね……シクラメン、ヘリオトロオプ、シネラリヤ……。
より江  へえ、シネラリヤが……。
牧子  そんなに感心なさる程ぢやありませんのよ。ほんの申訳に咲いてるんですの。
貢  そんなこと云ふなら、此の春来て御覧なさい。チュリップがどんなに咲いてるか、まるで和蘭へ行つたやうですよ。それからヒヤシンス、これは東京中で一番見事な花を咲かして見せます。
牧子  効能書はもう沢山……。それだけのことを、他のお客様におつしやれたら、えらいんだけれど……。
貢  云つてるよ、みんなに云つてるよ。
より江  あたくしも、花の作り方を教へて頂かうかしら……。
貢  あなた、さういふこと、お好きですか。かういふ世話をしてみたいとお思ひになりますか。
より江  ええ、食べてさへ行ければ……(笑ふ)
牧子  さあ、それが問題ですわ。
貢  (起ち上り)ぢや、お伴しませう。
より江  (これも釣り込まれるやうに起ち上り)どうぞ……。

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(両人出で去る、やがて、硝子越しに、二人の後姿が見える。牧子、一つ時、
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