温室の前
岸田國士

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)お交際《つきあひ》

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大里貢
同 牧子
高尾より江
西原敏夫

  東京近郊である。
  一月中旬の午後五時――
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       第一場

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大里貢の家の応接間――石油ストーブ――くすんだ色の壁紙――線の硬い家具――正面の広い硝子戸を透して、温室、グリーン・ハウス、フレム及び花壇の一部が見える。
硝子戸に近く、高尾より江――二十五六歳に見える――が、ぢつと外を眺めてゐる。さつぱりした洋装。
――間――
大里牧子――二十八九歳ぐらゐの目立たない女――小走りに現れる。
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牧子  どうも、お待たせしました。兄がなんにも云つてつてくれないもんですから、間誤ついちまつて……。(両人腰をおろす)普段から、兄は兄、あたくしはあたくしでせう。何一つ手伝はせないんですの。あたくしも、また、それをいいことにして、自分勝手なことばかりしてゐるんです。けれど……ですから、かういふ時、困りますの。でも、留守にすることなんか、滅多にないんですものね。さうですわ、ここへ引込んでから、今日が初めてぐらゐですわ、東京へなんぞ出ましたのは……。
より江  もう、おからだの方は、すつかりおよろしいんですの。
牧子  だらうと思ふんですけれど……その後、風邪一つ引きませんし……。あの顔色ですもの、大丈夫でせう。
より江  ほんとに、長らくお患ひになつたなんて思へませんわ。でも、まあ、あなたが、よく……。
牧子  ええ、これも、仕方がありません。――なんていふと、えらく悟つたやうですけれど、あたくしたちは、御承知の通り、珍らしく身よりつていふものがないんですからね。物心のつく頃から、兄一人妹一人で、育つて来てるんですから、かうして一生、お互の世話になつて暮すなんていふことが、それほど不自然には思へないんですの。(間)それや、兄さへその気になつてくれれば、兄の世話は、「その人」に委せて、あたくしは、外へ出るなりなんなり出来ないこともありませんけれど――その為に、一通り覚えること
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