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長い沈黙。
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貢 これで、先生たちが、同時に、われわれから、非常に遠い処へ行つてしまふやうな気もするが、それと反対に、何時までも、この辺をうろうろしてゐて、なかなかわれわれの頭の中から消えて行きさうもないつていふやうな気もするんだ。
牧子 どつちにしても、あんまり……。
貢 うん。それや、まあ、どうでもいいさ。(間)おい、人が帰つて来たら、茶ぐらゐ飲ませろ。それから、此の間から云つてるぢやないか、此の電球をもつと大きいのと取り換へようつて……。
牧子 兄さまこそ、序に、買つて来て下さればいいんですわ(起ち上る)
貢 それがいけないんだ。自分で家の中をキチンとしようと思はなくつちや……。ねえ、もう少し、ここだつて、家らしくできるだらう。
牧子 お茶は、ただのでよろしいんですか。
貢 そんなことも、自分で考へろよ。
牧子 (出で去る)
貢 (頭を抱へる)
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長い間。
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貢 (何となく落ちつかぬ様子で、室内を歩きまはる。時々立ち止つて、耳を澄ます。何を聴かうとしてゐるのかわからない。が、さういふ動作の後で、常に、悩ましげな表情が浮ぶ)
牧子 (紅茶を運んで来る)お湯が少しぬるいんですけれど。
貢 もう欲しくない。
牧子 (椅子に倚り、途方に暮れてゐる)
貢 何も考へることはないだらう。お前にはお前、おれにはおれの生活がある。仕事がある。どうしてそつちを向くんだい(呶鳴るやうに)こんなことぢや、駄目だよ、何時までたつたつて。
牧子 (ハツとして、そつちを振り返へるが、その眼は、反感といふよりも、寧ろ憐憫の情に近い色で、寂しく曇つてゐる)
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長い沈黙。
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貢 (思ひ出したやうに書架の中から、恐らく手当り次第であらう、書物を一冊引抜き、肱掛椅子に投げかかるやうにして、その頁を繰りはじめる。勿論、それは、言葉の調子を変へる準備であつたに違ひない)事務所の電球を外して来てくれないか。
牧子 (素直に立つて出て行く)
貢 (書物をテーブルの上に投げ出し、左の靴を脱ぎ、
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