靴下を脱ぎ、足の指をいぢる)
牧子  (電球を持つて来る。此の光景に聊か意外らしい一瞥を投じた後)電球、取換へませうか。
貢  ああ。
牧子  (電球を取りかへる。貢の側に近寄り)マメですか。
貢  ああ。
牧子  絆創膏か何か持つて来ませうか。
貢  それより、飯粒を持つて来てくれ、針と……。
牧子  そんなことなすつてよろしんですの。
貢  いいんだよ。
牧子  (飯粒と針とを取りに行つて来る)
貢  (針でマメを潰す。その上に飯粒を塗る。そして、紙片を張りつける)
牧子  (この間、ぼんやり、傍に立つてゐる)
貢  お前は、何か、することはないのか。
牧子  ……。
貢  自分の用事はないの。
牧子  いいえ、別に……。
貢  可笑しいね、今夜に限つて、どうして、おれも、お前も、なんにもすることがないんだらう。
牧子  今夜、兄さまのお留守の間に、しようと思つたことはありますのよ。
貢  なんだ、どんなこと……。
牧子  (椅子にかけ)手紙を書かうと思ひましたの。
貢  何処へ?
牧子  お友達のとこ。
貢  友達……? どんな友達……? 誰……?
牧子  より江さんと同じくらゐ仲のよかつたお友達……。
貢  やつぱり、独りでゐるの。
牧子  一昨年までは独りでゐるつていふ話でしたわ。
貢  一昨年まで……。ふむ……。ああ、何時か、何処かで会つたつていふ……。
牧子  ええ、庄司さん、……。
貢  書いたらいいぢやないか。東京にゐるの。
牧子  もとの処にゐますかどうですか……。
貢  学校へ聞き合せればわかるだらう。(間)こつちから手紙をやれば、よろこぶだらうと思ふやうな奴もゐないな、おれの仲間にや……。神谷ぐらゐのものかな……。あいつなんか、もう子供の二三人もこさへてるだらう。案外近所に住んでゐて、知らずにゐる奴があるかもしれないね。
牧子  より江さんなんか、それでしたわ。
貢  此処の前なんか通らない奴でさ。
牧子  さうですわ。

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長い沈黙。
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貢  あしたはと……。あいつを植ゑ替へてと……。
牧子  ……。
貢  今夜は、もう寝てもいいんだが、寝るには惜しい晩だな。――風が出て来たね。
牧子  ……。
貢  何か、かう、事件でも起りさうな気がするな。

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