るナイフを出しやがつてね、――さあ、おれも血を出すから、貴様も出せ、お互にその血を飲み合はうつて、いきなり、そのナイフをおれの腕へ突き立てようとするから、おれは、まあ、待て、とね……。
牧子  さう、さう、あの人の写真道楽が大へんなもんでしたわ。毎週一枚ぐらゐづつ新しく写したのを持つて来やしませんでしたか知ら……。それが、また、一一、変つた写し方で、その為めに、わざわざ、髪の結ひ方を変へたりなんかしたんですからね。二三度、あたくしも一緒に写さされたことがありますわ。
貢  おれが、これ誰だつて訊いたら、どうしても云はなかつた、あれも、さうぢやないか、そら、お前がすわつて、その肩へ手をかけてる……。これ誰だつて訊いても、お前は笑つてて云はないから、学校へ見に行くつておどかしたぢやないか。
牧子  そんなこと、ありましたかしら……。でも、その前に、あの人、うちへ来ましたわ。
貢  いいや、来ない。卒業する一寸前に、始めて、お前が伴れて来たんだよ。そん時、ははあ、あれだなと思つたんだから……。
牧子  あの頃から、綺麗つて云ふより、目立つ人でしたわね。どつか、ぱツとしたところがありましたわ……。
貢  さう云へば、あの時代に、先生と西原とうちで会つてやしないかしら……紹介はしなかつたかもしれないが……。
牧子  あつたにしても、両方とも、忘れてるでせう。だけど、西原さんも、特徴のある顔だし……。そんなことを、もう語し合つてるかもしれませんわね。
貢  無論、そんな話は、とつくにしてしまつてるさ。ああ、あん時、あそこにゐたのがあなただつたんですか、なんて、やつたにきまつてるさ。
牧子  ぢや、西原さんていふ方は、大学へいらしつてから、おとなしくおなりになつたのね。
貢  おとなしくつて……そんなにおとなしいか。
牧子  でも、お酒はあがらず、乱暴な口の利き方なんぞ、なさらなかつたでせう、ほかの方みたいに……。神谷さんなんか、出鱈目だつたぢやありませんか。
貢  神谷の方が馬鹿だよ、それや……。西原は、さうだね、大学へ来てから、急にすましだしたね。眼鏡を拭きながら話をすることなんか覚えてね。
牧子  それはさうと……。

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沈黙。
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貢  なに?
牧子  いいえ、なんでも……。


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