ふもの、だつて、交際《つきあひ》らしい交際《つきあひ》はしてませんわ。さういふ話があつてからでせう、急にこつちへ来なくなつてしまふなんて、随分現金ですわ、二人とも……。
貢 その間に、あの芝居といふやつがあつたからな。
牧子 より江さんていふ人の大胆なのには、あきれましたわ。どうでせう、あの大勢の前で……。
貢 さういふ女でなけれや、西原は動かせないんだね。
牧子 それは別の話ですけれど……。
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長い沈黙。
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貢 先生達は、結局、いい相手を見つけたね。革命家に労働婦人……。
牧子 ……。
貢 西原つていふ男は、中学時代から秀才だつたが、それや、ひねくれ者でね……。
牧子 より江さんも、学校時代には、それや先生を手古摺らせた人なんですのよ。やさしい問題なんか、あてでもしようもんなら、存じませんつて、つん[#「つん」に傍点]と横を向くんですの。
貢 西原にもさういふ処があつた。しかし、あいつは、熱情家でね。今でこそ、冷静な口の利き方をし習つてゐるが、昔は――その当時、熱血男児つていふ言葉が流行つたが――その熱血男児の標本だつたよ。
牧子 そのくせ、より江さんは、人一倍、涙脆いたちで、よく友達の身の上話なんか聴かされては、独りで泣いてるんですよ。また、あの頃は、身の上話が流行つたもんですわ。――あたくしなんかも、随分、聴かせろ、聴かせろつて、人から云はれましたわ。それが、ね、ずつと兄さまと二人つきりなもんで、何かわけがあるだらうと思ふんでせう。その身の上話つていふものを、初めてして聴かせた相手が、より江さんなんですわ。自分では、何気なく云つてるつもりなのに、あの人、おいおい泣くんですのよ。しまひに、自分でも悲しくなつて……そこへ、また、なんとか、慰めるやうなことを云はれるもんだから、なほ胸がつまつて……。可笑しんですの。それからが、きまつて、例の、仲よしになりませうね、ですわ。
貢 西原の奴、一度、変なところへおれを連れて行つてね……。あれは、たしか、今考へると、戸山ヶ原の射的場かなにかなんだが、薄暗い穴の中でね……。そこで、腕をまくれつていふんだよ。腕をまくつて見せたら、やつも、小さな腕をまくるんだ。それから、何をするかと思つたら、ポケツトから、鉛筆を削
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