、一に演劇の本質に徹した先見ある舞台芸術家の、真摯なる努力に俟たなければならない。しかも、演劇はその構成の上から、如何に天才と雖も、一人の手でこれを造り上げることは絶対に不可能な性質をもつてゐる。そこで、一つの演劇は、幾人かの協同動作といふことになる。従つて、演劇の「創造者」は一人の作家でも、一人の舞台監督でも、一人の俳優でもなく、結局一つの「劇団」なる有機的組織の精神的並びに肉体的存在であります。此の存在は、恰も一個人の存在と異るところはない。そこに一切の秘密がある。一切の希望、一切の苦悶、一切の歓喜、一切の意志と運命があるのであります。
 一つの「劇団」は一個人の如く活きてゐる。――この事実は、「劇団を組織する人々」の所謂合議制を認めないのみならず、君主の専制に対する盲目的服従をも認めないのであります。
 かうなると、実際に一つの劇団を統率する人格は、その劇団の首脳として、一般社会の、あらゆる組織中に見出し得ない、一個特別な職能と地位とを与へられてゐるわけである。今日まで、幾多の劇団が、大きな抱負をもつて生まれ、その抱負を実現し得ずして瓦解した、その原因の主なる一つは、「劇団の組織」に対する明確な観念を欠いてゐたためであります。
 やうやくモスコオ芸術座が、此の点で理想に近い劇団であると云ふことが出来ませう。然し、一つの劇団も、一個人の如くあらゆる意味に於て、「若さ」と「力」とを失つて行きます。それと同時に、「未来」がなくなる。
 一劇団存在の条件はいろいろ数へられるでせうが、それは別に研究するとして、われわれは全世界を通じて、今「明日の演劇」の曙光を認めようとしてゐる。「明日の演劇」が必ずしも「未来永劫に続く演劇」であり得ないことはわかつてゐますが、少くとも、一時代を倶に活きる世界人として、われわれもその伝統を棄てる棄てないに拘はらず、兎も角、欧洲の劇壇に動きつゝある眼ざましい傾向――演劇の芸術的進化を目標とする意義ある運動に参与する覚悟を持ちたいと思ひます。
 そこで先づ、「明日の演劇」が、如何なる方向に進んで行くか、これは今までの講義が大体を暗示してゐると思ひますが、更に繰り返して云へば、先づ例の本質主義は、益々演出の上で舞台独特の魅力を発揮し、演劇の芸術的純化に強固な地盤を与へると同時に、将来の戯曲をして、新たなと云ふよりも、より一層豊富にして純粋な、「劇的美」の表現形式を発見せしめ、文学的にも完全な近代的詩劇の誕生を告げさせるに至るでありませう。
 一方、演劇の独立を唱へるクレイグの理論は、文学としての戯曲を排し、俳優の人形化による様式的舞台表現に成功さへすれば、演劇の一部門として、決して生命の短かいものではあるまい。たゞ、一人の実行的天才が出るまでは、理想論として、単に、演劇研究者の一顧を値するに止まるでありませう。
 文学史的進化に伴ふ演劇の将来は、今のところ、写実主義の離脱より、新しい象徴的舞台の完成へ進むべきでありますが、此の間に、本質主義の研究的努力とあらゆる近代主義の勃興とが、その発展をそれほど著しく表面には出させないでせう。しかし、暗示と綜合の観念は、本質主義の堅実な調子と、近代主義の革命的色彩とに交つて、いよいよ鮮やかな舞台表現を見せるでありませう。そしてその窮極は、大いに高踏的な、貴族的な、小劇場主義と提携するか、或は壮大な、素朴な、民衆的な大劇場主義的演劇の発生を来すでありませう。この二つの傾向は、恐らく永遠に平行して存在するに違ひない。論者も亦、それを希望するのであります。
 これは単なる予想であつて、偉大なる天才の出現は、何時でも新しい時代を劃することが出来る。而もその天才は、不幸にしてその時代にはそれだけの価値を認められないといふことがある。われわれは、新しい傾向を追ふ前に、先づ自分のもの、自分の佳しとするものを作り上げなければなりません。日本の現代劇は、進む前に先づ存在せよといふ論者の主張も、そこから出発してゐる。われわれは、今浪漫的戯曲を書き、写実的戯曲を書いても、それはまだ完成への意義ある一歩たり得る時代に生れてゐる。なぜなら、日本現代劇は、何十年来、まだほんたうの芸術的作品を一つも生んでゐないと云へるからであります。西洋に於ける写実的演劇の行詰りは、「もう此の上佳いものが出ない」からである。日本では、何んと云つても、「まだ出てゐない」時代であります。現在、象徴的演劇その他の近代主義は、何れも完成された写実主義の上に築かれようとしてゐるのです。相反した傾向も、実は互に好ましい影響を与へ合つてゐる、この事は前講でも述べた通りです。西洋の写実劇が、例へば日本の現代劇になつてゐると見れば見られないこともありませんが、そして日本人として、その写実主義を脱却した新傾向を開拓することも面白いに
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