演劇一般講話
岸田國士
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)指揮者《コンダクター》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)|答へる人《ウポクリテス》
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(例)※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]
〔〕:アクセント分解された欧文をかこむ
(例)〔The'a^tre Intime〕
アクセント分解についての詳細は下記URLを参照してください
http://www.aozora.gr.jp/accent_separation.html
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演劇の芸術的純化
演劇は最も低級な芸術であるといふ言葉には、一面の真理があります。この言葉は――といふよりも此の事実は、近代の教養ある人士を劇場から遠ざけた。「芝居には行きますか――いゝえ――さう云ふわたしも行きません」――このマラルメの言葉は、殆ど、芸術を尊ぶものより送られた演劇への絶交状であります。
演劇とは何んぞやといふやうな議論も、随分古くから繰り返され、近代に至つて色々な美学的解説や、定義が下されるやうになりましたが、それは何れも机上の空論であつて、それならば、さういふ演劇がどこにあると云はれゝば、一句も吐けない。演劇は依然、文芸や美術音楽などゝ並んではゐるものゝ、常に面はゆげにその姉妹らの余光を仰いでゐるといふ有様だつたのです。
凡そ一つの芸術品が、芸術としての存在を主張し得るためには、創造者の霊感が、直接、そして純粋に、美の表現に到達してゐなければならない。そこには、平俗なる感情との妥協や、偶然が齎らす効果の期待などがあつてはならない。演劇は其の性質上、さういふ不純な、間接的な、動機に束縛され、左右され易い。或る程度まで、それが避けられない。そこから、演劇の芸術的存在が危ぶまれ、困難となるのではないか。かういふ立場から、演劇の芸術的純化を試みた最初の人が、誰も知るアンドレ・アントワアヌであります。
アントワアヌの事業、即ち自由劇場以後の運動については、後に述べることゝし、こゝでは演劇を形づくる諸原素が、如何なる状態と関係に於て演劇の芸術的堕落を導いたか、その問題について、一と通り研究して見ようと思ひます。
脚本について
演劇に於ける脚本の位置といふ問題は、今日まで殆ど異論がありません。たゞ一つ、ゴーヅン・クレイグの演劇論が、文学として存在する戯曲の運命を予言して、これを将来の舞台から駆逐しようとしてゐます。然し、これは一つの理想論であつて、今は問題にしなくともいゝ。然しこのことについては勿論、後に述べるつもりであります。
それでは、演劇に於ける脚本の位置はどうかと云へば、それは音楽に於ける楽譜である。楽譜の演奏が音楽と呼ばれるやうに、脚本の演出が演劇と呼ばれる。従つて演劇の価値は、脚本の価値によつて根本的に左右されるものであります。此の論理は一応、註釈をつけて置く必要があります。といふのは、如何に優れた脚本でも、演出次第ではつまらない演劇になるではないかといふ反駁が出ないとも限らないからであります。然し、此の反駁は更にかういふ反駁を受けはしませんか。即ち、それならどんなに低級な脚本でも、演出さへ巧みであれば、優れた演劇になり得るか。さうは行きません。そこで、やつぱり優れた演劇とは、優れた脚本の優れた演出といふことになります。然し、優れた演出といふことは、結局脚本を完全に舞台の上に活かすといふこと以外に何もないのですから、脚本の演出は、或る程度以下のものであることは許されない。つまり、さういふ演出は、演出と称し得べからざるものであると認めなければならないのです。
これで、脚本の価値が、演劇の価値を根本的に左右するといふ理由が、判然したらうと思ひます。
脚本の価値が、演出を離れて存在し得るに反し、演出の価値は、脚本を離れて存在し得ない。これは、近代演劇運動の決定的な発見であります。
希臘劇、シェクスピイヤ時代の演劇、中世の秘蹟劇、……これら過去の演劇は、今日何によつて、その光輝と偉大さとを知るかと云へば、たゞその時代の脚本、即ち戯曲を通してこれを知るのみであります。その演出が、果して、その時代の演劇に於て、どれだけの位置を占めてゐたかは、殆ど知る術がない。従つてわれわれは、その時代の演劇が、どれだけ演劇としての芸術的な価値を有つてゐたかを云々するにしても、その演出が戯曲の生命を完全に伝へ得たものとしての想像に過ぎないのです。
それならば、将来の演劇はどうか。これは、誰も何んとも云ふことは出来ません。ゴーヅン・クレイグの理想が実現するまで待たなくてはなりません。しかし、今日、最も新しい
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