て来ることも当然の結果であります。此の両者は、固よりその結果に於て、全然相容れないものとは思ひませんが、努力の焦点が何れか一方に偏することは免れない。そこで、これを別の言葉で云へば、小劇場主義と大劇場主義とになるわけであります。つまり、芸術的演劇は、小劇場に於て始めて実現し得るものであると主張するのが前者で、いや、芸術的演劇と雖も、大劇場で多くの観衆を満足させるのでなければ、演劇本来の存在意義に反する、大劇場の舞台に於て、ほんたうに芸術的価値を発揮するものこそ、真に偉大なる演劇であると主張するのが後者であります。
こゝで注意しなければならないのは、今日まで、欧米各国に擡頭した芸術的劇団が、大抵は「小さな劇場」に拠つてゐた。観客席六百といふのが普通であり、中にはそれ以下の座席しかない小屋に拠つてゐたのであります。然しながら、これらを見て、直ちに、彼等が何れも「小劇場主義者」なりと断ずることは甚だしい誤りである。
元来、小劇場運動といふ名は、「写実劇」乃至「自然主義劇」勃興時代に、当時の世間、殊に批評家たちが、いろいろの理由で、普通の劇場に拠ることが出来ない、つまり間に合せの小屋、または、金のかゝらない舞台を利用して、兎も角も一生懸命に芝居をやつてゐる半素人劇団の、健気な努力に向つて附けた名なのであります。大きな劇場を借りても、そんなに見物が来ないのはわかつてゐる。舞台が広ければ装置にそれだけ金もかゝる、まあ、今のうちはこれで我慢しなくては、かう思つて「小劇場」を選んでゐた。見物の方では、広い見物席にばらばらツとばら撒かれて、しよんぼりと動きの無い舞台を見せられてゐるよりも、かうした芝居を見るからには、小ぢんまりした見物席に、数は少くても相当の密度で、どつちを向いても知つた顔といふ気持に、落ちつきと親しみを感じながら、動きはなくてもしみじみとした舞台の味を、心行くまで噛みしめるといふ満足に浸りたい。これが、「〔The'a^tre Intime〕」の名の起りであります。この「テアトル・アンチイム」を、すぐに「小劇場」と訳しては語弊があります。寧ろ「家族的劇場」である。しかし「家族的」と云ふのは、必ずしも劇場内の空気に親密さを感じるといふ意味ばかりでなく、舞台そのものから「近い」といふ感じが大いにあります。自然主義的舞台の信条である「第四壁論」から云へば、見物席と舞台との間には一つの壁があるといふ理論に対して、見物は、その壁が自分たちの後ろにあるといふイリュウジョンをさへ浮べ得るのであります。
扨て、今日から見て、是等の「小劇場」――「テアトル・アンチイム」は、決して悉く、大劇場主義に対する小劇場主義の所産ではない。仏蘭西で云ふならば、「小劇場」の濫觴と思はれてゐる自由劇場の創始者アントワアヌは、夢にも「小劇場主義者」ではなかつたのであります。今日のヴィユウ・コロンビエは、成る程、「小さな劇場」でありますが、首脳ジャック・コポオは、将来、二千人を収容し得る劇場を欲してゐます。
それならば、純粋の「小劇場主義者」といふものは、どんな人たちかと云へば、実際、そんなにないのであります。また、「小劇場主義者」にあらざるものは、当然、「大劇場主義者」であると速断してはなりません。「大劇場主義」は、決して今日存在してゐるやうな普通劇場では満足しない。五千人とか一万人とか、なほ、実現さへ出来れば、二万人でも三万人でも容れられるやうな劇場を理想としてゐる処に、此の「主義」の特色があるのであります。さうして見ると、此の「大劇場主義」も一面の傾向に過ぎない。結局、近代劇運動を全然、此の二つの範疇《カテゴリイ》に入れてしまふことは不可能といふことになる。
そこで、これから、兎も角も、此の二つの相反した傾向を、いろいろの立場から比較吟味して見ることにします。
小劇場主義とは、前にも述べた通り、芸術的演劇は「小さな劇場」に於てのみ存在し得るといふ主張である以上、経済的その他の理由と関係なく、舞台並びに観客席の広さについて、芸術的効果を標準とする、一定の理想がなければならない。これは勿論、数字を以て示すほど窮屈なものではないのでありますが、結局は、所謂「室内劇」の精神に到達すべきものであります。
広い意味に於ける「室内劇」は、決して、近代の所産ではありません。これが近代劇一面の傾向と結びついて、今日では、演劇の芸術的貴族主義を代表する一運動となつた。
仏蘭西では、ララ夫人の組織する『芸術と活動』社は、正に「室内劇」を以て、演劇の純芸術的形式とするものゝ一つであります。(ララ夫人並びに同人の多くは、政治的には左傾思想の支持者であることも注意すべきである)
「室内劇」の精神とも云ふべきものは、所謂、芸術的貴族主義の思想にその根柢を置いてゐることは
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