鼾に、此の小説家の戯曲を何んと云つて褒めたらいゝでせう。
論者は、例へば、フロオベエル、ゾラ、ゴンクウル、モオパッサン、又はユウゴオ、ロマン・ロオラン等の戯曲が、ベック、ルナアル、ポルト・リシュ、キュレル、扨てはミュッセ、ロスタン等の戯曲の傍らで、あまり大きな顔が出来ない仏蘭西の劇壇を一寸御覧なさいと云ふ外はありません。
結局、前章でも述べた通り、戯曲の文学的価値と、戯曲的価値とが、或る場合には別々に論ぜられる訳であります。そして、傑れた戯曲とは、常に、傑れた戯曲的本質が傑れた文学的価値の中に融け込んでゐなければならないことになるのであります。
最後に「舞台」といふものについて、一言して置きたいのは、素人の眼から見ると、舞台は戯曲の演出に必要欠くべからざるもので、舞台があつて始めて戯曲が活き、舞台があつて始めて俳優が美しく見え、舞台があつて始めて壮麗な宮殿も、眼の覚めるやうな風景も、立ち処に出来上るんではないか。それ故、舞台といふものは有難いものだ。かう思へるでせうが、実際はそれどころでなく、舞台といふものは、常に戯曲の生命を狭め、俳優の自由を束縛し、見物の幻想を妨げる厄介物であります。
しかし、これはどうも仕方がない。それなら舞台に代るものは何かと云へば、そんなものが外にある筈はないのであります。そこで、此の厄介な舞台を「利用」する工夫が必要になる。そして、此の「利用」といふことは、第一に舞台を征服することである。舞台に「譲歩」してはならない。舞台的拘束を転じて舞台的魅力としなければならない。「無理」と「不自然さ」を転じて、「それはそれとしての面白さ」にしてしまはなければなりません。これが詮り「舞台の雰囲気」となるのであります。この雰囲気にも亦、芸術的の香ひがあつてこそ、演劇は愈々「演劇としての美」を発揮することになる。劇作家も俳優も、此の呼吸を呑み込んでゐなければ真の舞台芸術家とは云へない。舞台監督も亦、徒らに見物の眼を欺くことに腐心する代りに、見物の心を「舞台の雰囲気」の中に引きずり込む手腕がなければならない。現代の最も進歩した舞台装飾は前にも述べた通り、「美しき背景」を捨て、「実物の排列」を斥け、「独断的美学者の所謂様式的装飾」を離れて、一に「戯曲を感じ得る舞台監督の優れた趣味に基づく暗示的舞台装飾」に如かずといふ議論に到達してゐるのであります。
演劇の本質は、かくの如き舞台に於て、最も完全に表現し得ることは云ふまでもありません。
これで聊か支離滅裂ながら「演劇とは如何なるものか」といふこと、並びに「芸術的演劇の本質とは何を指すか」といふこと、此の二つの大きな問題について、一と通りの観念が造られたと思ひます。
実を云ふと、論者自身も亦、演劇の本質といふ問題で、いろいろ考へてゐる時代なのです。これからその考へを纏め上げるまでに、相当の年月を要するに違ひありません。然し、今まで述べた事柄は、なほ敷衍する必要はあるにしても、それぞれ演劇研究者の進路に横はつてゐる大きな問題の一端を示してゐるつもりであります。
演劇の本質といふ問題に関しては、先づこれくらゐに止めて、次には、新劇運動が齎した諸種の問題について一応解説をして置きたいと思ひます。
近代演劇運動の諸相
(一)小劇場主義と大劇場主義
前の講話で、演劇の芸術的純化、舞台表現の進化並びに演劇の本質を論じましたが、それぞれの機会に、努めて、演劇そのものゝ史的考察を忘れなかつたつもりであります。
これから述べようとする近代演劇運動の諸相は、一面、舞台表現の進化に伴つて、その消長を示してゐることは勿論でありますが、こゝでは、前章との重複を避けて、単に近代演劇の審美的傾向が、劇場そのものゝ上に与へた影響、言ひ換へれば、芸術的劇場が様々な形に於て、他の劇場と区別されるために、如何なる「存在の意義」を主張したか、かういふ点について研究して見ようと思ふのであります。
これはやゝ独断に近い議論でありますが、同じく近代劇運動の名で呼ばれる様々な演劇運動を通じて、論者は、二つの大きな傾向を発見し得るやうに思ひます。而もそれは、直接文芸上の流派と結びつけて考へることの出来ない性質のものである。もつと詳しく説明しなければわかりませんが、一方は、芸術的貴族主義と呼ぶことが出来るに反して、もう一方は、芸術的民衆主義と名づけることが出来ます。これは必ずしも演劇に限つたことではありませんが、元来、民衆的なものとされてゐた演劇が、芸術的に純化され、選ばれたものを対象とするところから、演劇にも、芸術的貴族主義が唱道され出したことは自然の理であります。ところが一方、演劇の芸術的向上を認め、それに力を注ぎながら、なほ且つ、演劇は民衆の糧なりと主張するものが出
前へ
次へ
全25ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング