勿論で、此の思想さへわかれば、「室内劇」の何ものであるかは、おのづから明かになるのですが、それをなほ説明すれば、演劇といふ芸術形式から、その中に含まれがちである所の不純な分子、更に通俗的分子を取り除けば、あとには「俗衆」のために何ものも残らない。それはマラルメの詩であり、セザンヌの絵であり、ワグネルの音楽であります。高級な芸術ほど、純粋な芸術ほど、鑑賞者の資格が要求せられる。鑑賞の時と処とを選ぶ必要がある。美的印象を妨げる一切の空気を排除しなければならない。芸術家の方でも「不必要なもの」で舞台の空虚を埋めることを好まない。殊に、物質的乃至肉体的努力を最も効果的に利用するために、適度な制限を超えたくない。かういふ要求は、勢ひ少数の観客を相手とする演劇を生むのは当り前であります。
こゝで戯曲と舞台、劇作家と演出者とを引離して考へるのは変であるが、正確に云へば、別々に論ぜらるべきであらうと思ひます。即ち「小劇場向きの戯曲」、「小劇場主義の劇作家」といふものがある筈であるし、如何なる戯曲をも「小劇場主義」の立場から、演出しようとする演出者もあつていゝのであります。このことは「大劇場主義」についても云へることであります。しかし、結局「小劇場向きの戯曲」を大劇場に、「大劇場向きの戯曲」を小劇場の舞台に上演することは、如何なる点から見ても不合理であり、不自然であつて、結局「小劇場」のための「戯曲」が「大劇場」のための戯曲乃至一般普通の劇場のための戯曲からさへも独立して、存在するといふわけになる。絶対的とまでは行かなくても、原則として、さういふことが許されるのであります。
さて、それならば「小劇場主義者」の云ふ如く、純芸術的演劇は、果して、「小劇場」でなければ存在し得ないかといふ点について、しばらく、「大劇場主義者」の説に耳を傾けませう。
「大劇場主義」は「小劇場主義」の如く、全然芸術的の立場から演劇を見てゐない。寧ろ、社会的見地に立つて、演劇の使命、本領といふやうなものに力点を置いてゐるやうに思はれます。
民衆劇運動が、大劇場主義の有力な一面を代表してゐるのを見ても解る通り、芸術の貴族的存在を認めない所謂民衆芸術の唱道者が、演劇を以て、民衆芸術の好目標とした処に、此の新運動の意義が潜んでゐるのであります。
民衆劇運動と、大劇場主義そのものとを、全く同一視することはやゝ無謀である。なぜなら、例へば最近のラインハルトの如く、大劇場の舞台を、単に演出者としての芸術的欲求(純粋なものであるかどうかは別問題として)を満たすために利用してゐるものもある。「大がかりな芝居」を趣味として、或は個人的傾向として、或は少くとも、「演劇そのもの」のために主張する一派の人々は、決して、民衆劇運動に参与する必然的資格を備へてゐるとは云へないからであります。ただ結果に於ては、飽くまでも、演劇の芸術的民衆主義者であるといふことが出来ます。
此の区別をはつきりさせて置いて「大劇場主義」の批判に遷ります。
その立場の如何に拘はらず、大劇場主義は、要するに出来るだけ広い場所に、出来るだけ多くの見物を収容して、出来るだけ大規模の芝居を演じる、これが理想とする所である。それと同時に、出来るだけ多くの見物に満足を与へるやうな脚本と、演出者とを要求するのであります。ここで、芸術の根本的議論が生じる。芸術は果して民衆的なりやといふ問題であります。
これは一つ読者諸君の裁断に俟つことゝして、芸術美といふものを、芸術的作品から引離して考へることが既に空論である以上、或る芸術的作品を、「芸術的な部分」と「通俗的な部分」とに概念的な区別をすることが、もう実際的でないのであります。たゞかういふことは云へます。線の太い芸術と線の細い芸術――単色による芸術とニュアンスに富む芸術――叫び歌ふ芸術と囁き口吟む芸術――揺ぶる芸術と撫でる芸術――熱狂させ、眼を見張らせる芸術と、しんみりさせ考へさせる芸術――判然境界を設けることは出来ませんが、此の区別は、その極端に於て確かに演劇の場合、一は大劇場主義に、一は小劇場主義にそれぞれの立場を見出し、それぞれの特色を結びつけることができると思ひます。
小劇場主義が、窮極は「室内劇」に到達すると同様、大劇場主義の窮極は「野外劇」に帰着することは云ふまでもありません。
論者はこゝで、両者の芸術的価値について、その優劣を論断しようとは思ひません。またそんなことが出来るわけのものではない。要は、両者の主張が、単に理論のための理論に終ることなく、また偏狭な趣味や、山師的の煽動思想に乗ぜられることなく、真に演劇それ自身の芸術的完成に向つて、それぞれの特色、魅力を発揮すればよいのであります。
最後に、大劇場主義を支へる有力な一運動である民衆劇運動に言及して置
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