の手がこれに伸びてはゐない。それは既に「利用」ですらもないのである。
 これに反して、中世以降の欧洲各国では、やうやく、封建的な専制政治が軌道に乗りはじめ、王侯の権力と民衆の神話とが縁を切り、社会的階級が上下共通の生活と感情とを絶滅させた。かかる時代に於て、演劇は民衆の被治者としての心理を反映し、政治が民衆の欲求を制限すればするほど、演劇は反撥し、ふて腐れ、卑屈となつた。
 たまたま、演劇を愛する王侯によつて、作家、俳優などの一部が個人的な好遇を受け、そのことが演劇の隆昌と錬磨に役立つたことはあるけれども、今日から見れば、それは決して演劇そのものの本質的向上を齎したとは信じられない。ある意味に於ける演劇の不健全性がそこに胚胎してゐるからである。モリエールの如き大作家ですら、その作品の多くにいくらかの媚態と有閑性をのぞかせてゐるではないか。
 一般に演劇に加へられる非難は、当時から既に各所に現はれてゐた。主として、宗教の立場からであつたが、それは必ずしも演劇が嘗て密接な関係にあつた宗教から離れ、その教義を無視し、その風習に従はないといふ理由からだけではなく、権勢と結びついた聖職者のいくぶ
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