ん偽善的な趣味と、演劇自体のもつ可なり露悪的な傾向との摩擦であつた。俳優は、次第に、社会から特別な眼をもつて視られるやうになつた。愛されつつ軽んぜられるといふ結果は、俳優にも世間にも罪はあつたが、主として、政治的権力がこれを遇するその方法に大半の罪があつたと云へるであらう。
わが国に於ては、能狂言が主として貴族乃至武家階級の、歌舞伎が主として民衆の生活を地盤として発展し、今日の内容と形式が整へられたことは周知の事実である。
能楽は文字通り権勢の庇護の下に育成され、比較的高い教養と洗錬された趣味を反映し、指導階級としての威信と自己批判とに常に応へつつ、あの荘重、幽玄、高雅、鷹揚、闊達、といふやうな雰囲気を創造するに至つたのであるが、歌舞伎に至つては、世態人情の詩的な描写と、庶民道徳の熱烈な鼓吹とが、卑近ではあるが巧緻を極めた舞台技術と相俟つて渾然たる劇的美を確立するに至つたとは云へ、その美の要素たるや、あくまでも、封建治下に於ける市井人の生活感情に根ざし、侠気、意地、忍従、犠牲、隠遁、復讐、などの心理的色調を主とすることによつても察せられる通り、厳粛だとすれば苛酷に過ぎ、倫理的だとす
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