対抗し、時代の要求に副つた純粋な舞台芸術を創り出さうとした意図が、社会からは十分に酬いられるところなく、更に大いなる時代転換を前にして、もはや過去の歴史とならうとしてゐるのである。

     四 国力としての演劇

 以上述べたやうに、あらゆる近代国家が、その政策として、演劇の保護助成を目的とするなにらかの方針を示し、演劇の質的向上をもつて、国民の精神生活の培養を心がけ、一方文明国としての矜持を示さうとしたことは、殆ど共通の傾向であつた。
 しかしながら、わが国に於ては、やうやく最近の数年間に於て、行政的に演劇の改善及び利用といふことが官庁の一部で考慮せられるやうになつたのである。国家が「政策として」演劇の問題を取上げるのと、行政官庁がこれを「所管事項として」取扱ふのとは、趣旨は同じでも、その影響と効果とに雲泥の差がある。形式を云々するのではない、事実を云ふのである。さういふ意味から云へば、わが国の現状は、まだ演劇そのものを国力の一部として、為政者が十分認識してゐないとも云へるし、わが演劇自体もまた、今日まで真に国民生活の強化に役立つてゐたかどうか甚だ疑はしい。
 そもそも国の力とい
前へ 次へ
全37ページ中31ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング