そいぢや、この秋のリーグ戦は、誰かに切符貰つた?
こよ  何処だつて、大抵手にはひるわ。二枚はむづかしいけど……。
底野  おれも、この夏から月給取りだぜ。いま人にや云へないが、ある三井系の会社だ。七十円だけど、初めにしちやいゝだらう。
こよ  ほんと、それ? 出鱈目でせう。
底野  いゝよ、さう思ふなら……。君さへよけれや、おれや、一生、貧乏してゝやる。
こよ  ちよいと、あたし、喉が渇いちやつたわ。
底野  井戸の水は、自慢なんだがなあ、尤もそいつあ大家の話なんだけど……。
こよ  家賃ちやんと払つてる?
底野  ちやんと払つたら、かうして生きちやゐられんね。
こよ  そんなこつたらうと思つた。(起つて水を飲みに行く)
底野  おれにも一杯頼むぜ。茶碗がそこにあるだらう。君の飲んだあと、洗はなくていゝや。だが、いゝなあ、かうしてたまに君と話をするなあ……。なあ、おい、こよちやん、時々、なんべんも来てくれよ。誰かの煙草を買ひに行く時、ちよつと電車へ乗つちまへばいゝんじやないか。

[#ここから5字下げ]
こよ現れる。茶碗に水をいれて来る。
[#ここで字下げ終わり]

[#ここから
前へ 次へ
全32ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング