御免下さい。お宅には二つ表札が出てをりますやうですが、あなたは……。
飛田  僕、飛田の方です。
老人  はあ、トビタとお読ませになりますか。なるほど、や、それでは……。

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老人去る。
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飛田  (再び座に帰り)三百円か。えらい鶯もあればあるもんだなあ。あの鳥が紙幣《さつ》かなんかなら、一寸悪心を起すところだ。やれやれ、紙幣《さつ》に羽根が生えたとはこのことを云ふんぢやないかな。

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そこへ底野がぶらりと帰つて来る。
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底野  やつぱり外は、広すぎて落ちつかん。木ならば鉋をかけた木でなけれやおれの性に合はん。
飛田  カマボコの称ある所以だ。中学で羽目板の前に立たされたことが、抑も貴様の一生を決定したんだ。
底野  おい、トンビ、兄貴のどれかにさう云つてやつて、また五円ばかり送らせろよ。おれの方は、月末まで、まだ三週間以上間があるぜ。
飛田  惜しい話をしてやらうか。おれは、さつき三百円つていふ……
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