な手提鞄を提げた紳士風の男がはひつて来る。
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男  御免。
底野  (寝転んだまゝ)どなた?
男  奥さんはいらつしやいますか。
底野  まだをりません。
男  では、失礼ですが、御主人にちよつと……。
底野  どうぞお上り下さい。
男  いや、こゝで結構です。
底野  どういふ御用ですか。
男  実は、わたくしは、かういふものでございますが……。(名刺を出す)
底野  口で云つて下さい。
男  はい。名前を申上げても、無論、御存じないわけでございますが、実は、わたくし、もと満鉄に勤めてをりましたもので、故あつて最近職を退きましたにつきましては……。
底野  就職のことなら、ちよつと心当りはありませんがね。
男  いえ、さういふわけではございませんのですが、その、突然のことでもあり、家に蓄へはございませず、子供は五人、これがまた至つて幼少でございまして、前途甚だ不安を感じますやうな次第で……。
底野  僕のところでは、誰にも一切寄附はしない、満洲軍にさへ町内の慰問資金を断つたくらゐですから……。
男  いやいや、決
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