な手提鞄を提げた紳士風の男がはひつて来る。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
男 御免。
底野 (寝転んだまゝ)どなた?
男 奥さんはいらつしやいますか。
底野 まだをりません。
男 では、失礼ですが、御主人にちよつと……。
底野 どうぞお上り下さい。
男 いや、こゝで結構です。
底野 どういふ御用ですか。
男 実は、わたくしは、かういふものでございますが……。(名刺を出す)
底野 口で云つて下さい。
男 はい。名前を申上げても、無論、御存じないわけでございますが、実は、わたくし、もと満鉄に勤めてをりましたもので、故あつて最近職を退きましたにつきましては……。
底野 就職のことなら、ちよつと心当りはありませんがね。
男 いえ、さういふわけではございませんのですが、その、突然のことでもあり、家に蓄へはございませず、子供は五人、これがまた至つて幼少でございまして、前途甚だ不安を感じますやうな次第で……。
底野 僕のところでは、誰にも一切寄附はしない、満洲軍にさへ町内の慰問資金を断つたくらゐですから……。
男 いやいや、決
前へ
次へ
全32ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング