戦の模様、並に、あなたの御活動振りは? 照準手だとすると、さぞ猛烈に覘ひを定められたでせうな。
男  定めましたとも……。かういふ境遇で、自分の手柄話などするのは、あまり感心しませんが、わたしの中隊長粟屋大尉は……。

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この時、表から呼ぶ声。『おい、早くしろ。来るぞ、来るぞ』
男は慌てゝ薬をしまひかける。
[#ここで字下げ終わり]

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男  何れまたこの話は、この次の機会に……。どうです、この絆創膏を一つ……二十銭です。
底野  いや、折角ですが、絆創膏はあんまり……。注射は自分でやらないもんですから……。
男  傷をされた時には如何です。
底野  傷をするくらゐなら、針で縫ふぐらゐのやつをやるですからなあ。
男  早くして下さい。征露丸を一袋、それぢや……。
底野  征露丸つてやつは、僕の知つてる車屋が買つたつていふんですが、あんまり効かんらしいですな。熱なんか、なほ高くなるつていふぢやありませんか。
男  そんなことはありません。さあ、早く願ひます。連れが待つてますから……。これが三十銭……。
底野  もうなにか、
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