利寺の激戦で、この通り、片腕をもぎ取られました。わたしなどはまだ仕合せな方で、今、この向ひ側を廻つてゐる男などは、両腕と片足を奇麗に浚はれちまひました。これは奉天です。
底野 悲惨ですな。今度の事件などでも、大分、あなた方のやうな人ができたでせうな。
男 できたでせう。しかも、みんな、われわれと同じ運命に陥るわけですが、本人たちは、今は、これを知らずにゐるでせう。病院で次ぎ次ぎに来る慰問者の花束に囲まれてゐる間は、そんなことに気がつかないんです。三年、五年、十年彼の饑《ひも》じさ、恥しさ、無念さは、夢にも想像してゐないでせう。
底野 国家は何をしてゐるんでせう。新聞は眠つてゐるんですか。富豪は何処へ金を撒いてゐるんです。
男 あなたのやうに云つて下さる方は、まつたく稀《めづら》しいです。
底野 稀しいことを、僕は悦びません。僕は、日本でたゞ一人、あなた方への義務を怠つた人間として、激しく非難されることをすら望みます。あなたは、この得利寺の激戦で、何隊に属してをられましたか。
男 野戦砲兵第三連隊第二大隊第四中隊第一小隊第二砲車照準手です。
底野 長いですな。そして、その激
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