対坐し得たといふことは、これこそ、おれが日頃……。
飛田  さうだ、それを云ふなら、こつちでも云はう。人口三百万の大東京を中心にして、誰がよく、友人の中で一番出世をした男に廻り会へるか。違つた電車、違つたバスに乗つてゐる二人の人間は、永久に相会することは出来ないのだ。一人が家の中にをり、一人が外を歩いてをれば、これまた、悲しい哉、顔を会はす機会を恵まれ得ないのだ。外は、今日も冬空だ。路は到るところ氷の鍍金だ。男も女も、襟巻に頤を埋め、擦れ違ふ人の横顔さへ振り向いてみようとはしないのだ。然るにだ……。
底野  わかつた。
飛田  然るにだ。
底野  もうわかつたよ。
飛田  いや、しまひまで言はせろ。然るに、偶然と云はうか、神の配剤と云はうか、二人の心が相通じたと云はうか……。
底野  犬が歩いて棒に当つた。
飛田  犬? 犬とはなんだ。誰が犬だ。
底野  貴様ぢやないか。
飛田  さうか。やつぱり、犬でいゝのか。
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     二

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底野が、また前場と同じやうに寝転んで雑誌を読んでゐる。夕方である。
玄関の格子が開いて、癈兵帽をかぶつた男
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