飛田 さうさ。よろしく、外へ出て、方々を探し廻れと云つた。犬も歩けば棒に当る、それが真理だ。その証拠に……。
底野 いや、黙れ。果報は寝て待て、その証拠がこれだ。いゝか、それからどうしたと思ふ。下宿代なんか何時でもいゝ。あなたが成功したら、それくらゐ御祝ひに熨斗をつけてもいゝと云つたぞ。それからだ……。
飛田 それからだ。カフエーなんとかの一隅だ。テーブルの上で優しくふるへてゐる桜草を挟んで、二人は、しみじみと積る話をした。
底野 なにが、積る話だい。こつちはな、いゝか、驚くな。同じ茶碗で、水を飲んだぞ。その甘さは、丸で砂糖水だ。レモンエキスでも入れてみろ、酒石酸を少しと。丸でラムネだ。
飛田 ラムネがなんだ。われわれはカクテルだ。
底野 誰が払つた?
飛田 向うだ。向うは、今度、親爺の遺産がころげこんだ上に、会社は先輩三人を飛び越して支店長……。月給は少くとも三百円だ。
底野 なんの話だい、それや。
飛田 そら、ゐたらう、おれと同郷の蜂谷さ。おれは、うれしかつた。カクテルに酔つた以上に、おれは、友人の成功に酔つた。幸福な話に酔つた。幸福そのものに酔つた。自分の現在に
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