拾ひでもしなけれや、十円とまとまつた金を持つて帰る筈はない。まあ、この夏まで辛棒し給へ、お互にね。
こよ  (諦めて)ぢや、帰るわ、あたし。
底野  あつさりしてるね。まあ、茶碗でも片づけてけ。
こよ  (茶碗をもつて勝手に行き、そのまゝ)さよなら……。

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底野はまたひつくり返る。今度は、雑誌も読まうとせず、毛布を腰に巻きつけ、両腕を上下して体操みたいなことをする、煖を取るためであらう。
そこへ、表から、飛田が帰つて来る。洋服を着てゐる。
[#ここで字下げ終わり]

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底野  おい、トンビ、今、そこで誰かに会つたらう。
飛田  うん、会つた。
底野  どうだい。おれのこと、なんか云つてたか。
飛田  いゝや、別に……。これから現金でなけれや、一切配達はしないつて断りやがつた。
底野  なんの配達?
飛田  米でも炭でもさ。
底野  米? 炭? なんだ、それや。相模屋の御用聞か。
飛田  さうさ。例のエヘヽヽつて調子ぢやなかつたぜ。
底野  それだけか。他には誰も会はなかつたか。
飛田  それを今、話さうと思つてるとこだ
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