いんだ。帰つて来てからでも、暫くは、誰とも口を利くのがいやだ。一人でぢつと空を見たり、空が暗ければ、畳の上の焼こげを見つめて、大きな溜息を吐《つ》いたもんだ。あれや、しかし、苦しいもんだけど、また、なんとなく、楽しいもんだ。
こよ あら、そんなのとは、また違ふのよ。
底野 男と女とでは多少容態が違ふさ。こよちやんは、今年十九だらう。おれが二十八だ。悪いことは云はないから、貧乏な奴んとこへお嫁に行くなよ。貧乏でもいゝから、何時でも少しづゝ現金を持つてる奴んとこへ行け。いざつていふ場合に困るからな。それから、なんでも、途中で止めたつて奴のところへ行つちやいかん。行商でも初めから行商をしてる奴ならいゝ。それもなるべくひと品だけを売るつていふ主義でないといかん。
こよ いゝわよ、そんなお説教聞かなくつたつて……。そいぢや、今日は駄目ね。
底野 駄目でもないよ、どうせ暇なんだから……。ゆつくりしてき給へ。
こよ さうぢやないのよ。お金のことよ。
底野 金のことなら、飛田が帰つたら相談しとかう。出る時に持つてなくつても、帰りには持つてかへるといふことが、間々あるもんだ。尤も、あいつは、
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