間として、女性としての豊かで素直な心が、物語られるすべての事象のなかに浮き出てゐて、読むものゝ胸に、哀しみは深く、喜びは高らかに伝はつて来る。
なるほど、一方から云へば、癩患者の風貌とか心理とかいふやうな異常に凄惨な描写が到るところにあつて、これが全篇の最も緊張した部分をなしてはゐるが、さういふ場面の取扱ひが決して刺戟的でなく、却つて控へ目とさへ云へるくらゐであるのに、一人の患者を囲むその家庭の空気などは、名状すべからざる迫真性と切々たる感情の昂揚のうちに描きだされ、しかも、第三者をして聊かも絶望的な暗さのなかに陥らしめないその筆は、一体、何処から生れるのであらう。
「土佐の秋」中の「秋風の曲」や、「再び土佐へ」中の「暁の鐘」や、「国境の春」中の「合歓の花」や、「榾火」や、「淋しき父母」中の「旧家の嘆き」や、「小島の春」中の「桃畑の女」や、「哀別離苦」や、これら数々の挿話のもつ「悲劇味」の云はゞ古典的な美しさは、今日の如何なる文学のなかにも見出し得ないといふことを、私は、ふと考へ、「近代」が脱ぎすてたかにみえるこの衣装のどこかに、「現代」を装ふに足る新しさがありはせぬかと真面目に首を
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