ひねつた。
厳格に云ふならば、この著者は、文筆を専門とするやうな修業はしてゐないであらうし、ことに、もともとかういふ形で世に問ふべく書かれた作品ではないといふところから、散文として月並な形容や調子がちよいちよい混つてはゐるが、全体として、流暢な、水々しい文章で、間に挟んだ一連の和歌の、奔放に歌ひはなしてあるのが、昔の日記文学に通ずる風趣を添へ、烈々たる精神と行為とが、「ものゝあはれ」の近代的表現となつて、当節珍しい形式の報告文学を作りあげてゐる。
二
さういふわけで、私が「小島の春」からうけた感銘は、一言にして云ひ難いが、これを要約すれば、
一、かういふ女性がかういふ事業にこれほどまでに一身を献げてゐるといふ驚異的な事実はまづ措くとして、
二、下村海南氏の序文にも、「一等国である日本には、まだ癩の患者が到るところに、医療の手当にも恵まれずに散らかつてゐる。欧米各国では患者の全部が隔離され収容され、それぞれに手当をうけて余生を送つてゐる。そうした患者が相次いで天命を終つた時に、その国には癩が絶滅されるのである。日本ではまだ万余を数へる伝染病毒を持つ不幸なる患者が
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