いで、「他人の春」を発表してゐる。「旅の誘ひ」は恐らく彼の成熟を示すものであり、その後発表された「アンベエルの秘密」「ドゥニイズ・マレット」「悩める魂」「面影」等の諸作は、まだ読んでみる機会がないが、或は、その中に彼の傑作があるかもわからない。
 之に反して、クロムランクの「堂々たるコキュ」は、訳し甲斐のあるものだつた。この戯曲が、初めて制作劇場の舞台にかかつた時(一九二〇年)その奇怪な筋と、大胆な表現とに、先づ巴里の観衆は驚いた。
 コキュ(Cocu)といふ言葉は、「妻を寝取られた男」を意味し、仏蘭西の芝居は、昔から、屡※[#二の字点、1−2−22]これを好箇の「劇的人物」として取り扱つた。
 この「堂々たるコキュ」も、中世のファルスからヒントを得た題材だと言はれてゐるが、クロムランクは、この古風なビュルレスクに近代人の神秘感を織り込み、素樸な心理を新しいファンテジイによつて塗り上げた。そこから生れたものは、憂鬱な幻想と朗らかなエロチシズム、かのフランドルの森と海とを包む香ばしい黄昏の唄である。
 彼はその名から判断しても白耳義人に相違ない。果して仏蘭西人の血を引いてゐるかどうか詳か
前へ 次へ
全7ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング