心は暗くなつた。暗くなるだけならいゝが、いやに動悸が高まるのでした。
わたくしはその頃、O君の勧めで、なぐさみ半分に絵を描いてゐました。一緒に絵具箱などをかついで、写生に出掛けたりしました。
カン※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]スの周囲に子供たちが集つて来ました。O君の画とわたくしの画とを見比べて、大方の子供は、わたくしの方に寄つて来ました。そして、O君の耳にもはいるほどの声で、「こつちの方がうまいや、ねえ」などゝ、さもお世辞らしく囁いてゐるのを気にしながら、空を青く、雲を白く、そして木の葉を緑に染めてゐました。
マドムアゼルP……は、わたくしを画かきだと思ひ込んでゐました。
「肖像もお描きになるの」
踊りが一とわたり済んで、一隅のテーブルに腰を卸ろした二人は、そんな風に話をしだしました。
わたくしはO君の奥さんを、一度描きかけて、どうにもならなくなつたことを想ひ出しました。
「いゝえ」
「あら、風景だけ……」
「それから、静物も…………」
やれやれ、マドムアゼルP……は、がつかりしたやうに横を向きました。
「あした、写真を撮つてあげるから、いらつしやい」
さういふことでも云はなければなりませんでした。
人々は夜の更けるのを忘れてゐるやうでした。
新聞記者のT氏が、何やら大声で、面白さうな話をしてゐました。いつの間にか、わたくしたちも、その話に耳を傾けてゐました。
「…………すると、婆さんは考へた――今度こそ眼に物見せて呉れよう。
その翌日、婆さんは、何時もの通り、鍋でスープを煮ました。が、その日は、それを火にかけたまゝ、仕事に出て行きました。
狼は、そんなことゝは知らずに、またやつて来て、鍋の中に顔を突つ込んだ。
――熱いツ――狼は、驚いて舌をひつ込めた。そのはづみに、鍋がひつくり返つて、くらくら煮え立つたスープを、頭からひつかぶりました。
狼はほうほうの体で逃げ帰り、いまいましさうに、この事を仲間に告げました。
――畜生、そんなら、あの婆を食つちまへ、といふことになつた。
その晩、狼たちは、大挙して婆さんの家を襲ひました。
婆さんは、丁度、おもてゞ涼んでゐました。何十匹といふ狼に取巻かれて、もう逃げるにも逃げられません。しかたがなしに、そばの杉の木に登りはじめました。
「それツ」と、狼たちは、その杉の木の根もとにつめ寄つ
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