は、O君の方を見ました。踊り好きの細君は、これもいやがるO君の両手を引張りながら、もう足だけは風琴の音に合はせてゐます。
「駄目よ、そんな顔したつて……」
 わたくしは、どんな顔をしてゐたのでせう。多分、「君踊るかい」といふやうな眼つきをしてO君の方を見た、それなのでせう。それとも、「困つたことになつたなあ」そんな顔をしたかもわからない。O夫人は、御亭主とわたくしを両手に引据ゑて、「さ、あなたはマドムアゼルP……と手をおつなぎなさい。あんたは――と夫の顔を見て――あんたは、さうだ、マダムM、ねえ、ちよいと、奥さん、此の人の右の手を預かつて下さらない」
 マドムアゼルP……と呼ばれた少女は、やゝはにかんでゐるらしく見えました。
 此の憂鬱な東洋の青年が、恐る恐る差し出す手を、彼女はしばらく見つめてゐました。指は五本ある――彼女は、急に元気よくわたくしの手に飛びついて来た。実際、飛びついて来たのです。
 人の輪が、静かに、左へ左へと廻りはじめました。
 単調な、素朴な、そしてなんとなく神秘なその風琴の舞踏曲が、古めかしい民謡のもつ独特な世界へ人々の心を惹き入れました。
 わたくしは、マドムアゼルP……と共に、手を振り、足を挙げました。さては、うろ覚えの歌の文句を、低く口吟んで見たりしました。おゝ、故郷の父母よ、同胞よ、そつちを向いておいでなさい。
 わたくしはもう疲れて来た。一人列を離れて、林檎酒《シイドル》のコツプに、唇をあてました。マドムアゼルP……は、前よりも一層快活に踊つてゐるのです。そして、わたくしの方は一度も振向かうとしない。
 おそろしく蒸し暑い晩でした。

 マドムアゼルP……は、その日、水色の支那絹のロオブ、髪は何時もの通り二つに編んだお下げ、象牙まがひの腕環が細い手頸で遊んでゐました。
 母親だとばかり思つてゐた、これはまた苦労人らしい中年の婦人は、彼女の伯母さんだといふことがわかりました。

 その次ぎには、パ・ド・ルウを踊ることになりました。此の古典的な舞踏は、また若い娘たちをよろこばせました。逞しい騎士の群にまじる美しいプリンセスのやうに、彼女らは、軽く裾を取つて、しとやかに腰をかゞめるのでした。
 マドムアゼルP……の真面目な顔を見て、わたくしも笑ふわけに行きません。
「あら、違つてよ」といふその眼つきに、惶てゝ歩を踏み直す時など、わたくしの
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