立つたことがあるか。
――痛い、誰だ、豆をぶつけるのは。
インニツヘン
国境の上で草を食ふ牝牛、お前が尻尾を向けてゐる方がイタリイだらう?
返事をしないな。それでは、あのキリストの十字架像に訊《き》かう。
シュワルツェンスタイン
ローマの古城、今は、何とか公爵の隠遁所。
金髪の少女が、乳桶を提げて出て来る。
もう、鶏頭の花が咲いてゐる。
再びメラノ
ドクトルC……の療養院《サナトリウム》はこゝだ。
あの男はまだゐるだらうか。
――居る。窓に写真の乾板《たねいた》が乾かしてある。
「あたしは、どうしてかう人の名を忘れるんだらう。握手なら百度、散歩なら三十度、踊りなら六七度、接吻なら三度しなければ覚えない。」――と、ブカレストから来た女優といふのが云ふ。
わたしはどうだらう。
幸ひなことに、わたしの部屋は、たつた一つ離れて、三階の廊下のつきあたりにある。わたしのところに来るものゝ足音でなければ聞えない。
食堂へ花束を売りに来る娘がゐる。赤地に緑の縁を取つた前掛をかけてゐる。
彼女は、黙つて、薔薇を一輪、食卓の花瓶にさし、「いかが?」と云ふ笑
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