ンとパリで教育を受け、バヴァリヤの士官に嫁ぎ、やもめ[#「やもめ」に傍点]となつて、このチロルを永住の地に選んだのです。
「ほんとに、あたくし、日本が懐かしくつて……」
 それで、日本の子守唄を歌ひます。花咲爺の噺をおぼえてゐます。それから……。
 ――おや、どうしてそんな顔をなさるのです。


メラノ

 メラナアホフ、ブリストル、ベルヴュウ、サヴワ、パラス……。
 ――よろしい、ホテルなら、もう取つてある。

 林檎はまだ小さく、葡萄はまだ硬い。

 アヂヂ川をさしはさむアスファルトの遊歩道路《プロムナアド》、朝顔のやうな日傘の行列。
 音楽堂の「アイーダ」はアルプス猟歩兵聯隊の示威演奏。
 フランネルのズボンが大股に毛糸の頭巾《ポネエ》を追ひかける。

「御紹介いたします、こちらは、なんとかモンチ公爵夫人、こちらは、なんとかスキイ伯爵」
 ウイ……ダア……シイ……ヤア……イエス……さやう、さやう、こいつはたまらない。


トラフォイ

 海抜三千五百メートル。チロル・アルプスの絶頂。
 世紀は星の如く流れる。
「未来」そのものゝ如き低雲に囲まれた広漠たる大氷原に、君は、たゞ一人、
前へ 次へ
全7ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング