ンとパリで教育を受け、バヴァリヤの士官に嫁ぎ、やもめ[#「やもめ」に傍点]となつて、このチロルを永住の地に選んだのです。
「ほんとに、あたくし、日本が懐かしくつて……」
それで、日本の子守唄を歌ひます。花咲爺の噺をおぼえてゐます。それから……。
――おや、どうしてそんな顔をなさるのです。
メラノ
メラナアホフ、ブリストル、ベルヴュウ、サヴワ、パラス……。
――よろしい、ホテルなら、もう取つてある。
林檎はまだ小さく、葡萄はまだ硬い。
アヂヂ川をさしはさむアスファルトの遊歩道路《プロムナアド》、朝顔のやうな日傘の行列。
音楽堂の「アイーダ」はアルプス猟歩兵聯隊の示威演奏。
フランネルのズボンが大股に毛糸の頭巾《ポネエ》を追ひかける。
「御紹介いたします、こちらは、なんとかモンチ公爵夫人、こちらは、なんとかスキイ伯爵」
ウイ……ダア……シイ……ヤア……イエス……さやう、さやう、こいつはたまらない。
トラフォイ
海抜三千五百メートル。チロル・アルプスの絶頂。
世紀は星の如く流れる。
「未来」そのものゝ如き低雲に囲まれた広漠たる大氷原に、君は、たゞ一人、
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