彼女は、フライパンを紙で拭きながら現れる、さつきの鑵の中から、また疳癪玉を取り出し、床に叩きつける。
爆音。
彼女はそのまゝ、窓の外を見てゐる。
涙がこみ上げて来る。
長い間。
ドアが開く。彼が帰つて来る。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
彼女 (後ろを振り向かずに)あら、どうしたの。帽子でも忘れたの?
彼 そんなとこで、なにしてるんだい。
彼女 (その声で、ハツと気づき)お帰んなさい。(さういひながら、フライパンを持つたまゝ、いきなり、夫の頸に抱きつく)
彼 どうしたんだい。泣いたのか。
彼女 うん、泣いたの。
彼 なにが悲しかつた?
彼女 ムニヤムニヤムニヤ……。(笑はうとする)
被 さ、どけ。飯はまだか?.
彼女 (離れて)駄目だつたの?
彼 そんなことはいゝから、早く飯を食はせろ。
彼女 いますぐよ。そら、瓦斯の音が聞えるでせう。あつたかい御飯でビフテキが食べたいつて、あんた、さういつてたぢやないの。さ、外套脱がしてあげませう。
[#ここから5字下げ]
彼は、彼女に外套を脱がして貰ふとテーブルの方へ手を伸ばす。鑵
前へ
次へ
全18ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング