1字下げ]
多田 これで世の中は思ふやうにならんもんさ。あんたが働くつていへばすぐにでも雇ひ手があるんだがなあ。
彼女 あたし、ちよつと、買物に行つて来るから、そこに、さうしてゝね。
多田 その間、ベツドを借りてもいゝでせう。今朝から歩きづめで、どうにもやりきれない。
彼女 馬鹿なこといひつこなしよ。そんなに草臥れたなら、さつさと家へお帰んなさい。
多田 よろしい。意地悪をいふなら、たつて借りようとはいひません。あんなベツドがなんだい。貸間備附のピヤレツスが、そんなに神聖なのか。
彼女 面倒臭いなあ、靴下を穿くのは……。
多田 僕で出来る買物ならして来てあげますよ。
彼女 ほんと……? ぢや、お願ひするわ。晩のおかずよ。
多田 え?
彼女 フイレの厚切れ三枚……それとトマトの中ぐらゐのを、五つ……。それから、あんた、パンがよかつたら、パンを買つてらつしやい。
多田 しかたがない。(起ち上る)金は……?
彼女 どうぞよろしいやうに……。(もう炊事場に姿を消す)肉屋は、停車場の前の方が勉強するのよ。
[#ここから5字下げ]
多田は、しぶしぶ外に出て行く。
やがて、
前へ
次へ
全18ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング