オは舞台掛りの差出す脚本のコピイを受取つて、頁をはねた。
 一幕目の朗読がすむと、ジイドは大きくうなづいた。重苦しい沈黙が続いた。

「サユル」の稽古は二ヶ月かゝつた。
 自ら主人公の役を演じるコポオは、戈を手にしたまゝ舞台の指揮をした。
「そんな悪魔があるものか。もつと、非人間的な声は出せないか」
 憐れなT嬢は、窮屈な面の奥で鼠のやうに啼いた。
「それぢやあ丸で……」さう云つて、コポオは吹き出した。
 コポオは、かたはらに居合せた私に、「能を御覧になつた眼で、此の芝居は見られないでせう」
 私はこの言葉の複雑な調子を訳す事は出来ないが、心持はよくわかつた。
「異国の青年よ、これは手始めに過ぎないのだ。試みに過ぎないのだ。その積りで見てゐてくれ」かう云ふ意味に違ひなかつた。
「全く別ものですから…………」と答へる処だつた。非常に混乱した頭で私は「〔C,a viendra〕」と云つてしまつた。
 さもしい気がした。

「おゝ、ダヴィツドがあれへ…………」
 女王は司祭の言葉を遮つて、誰もゐない入口の方にサンスュエルな眼を向けた。
「何をぐづ/\してゐるんだ」コポオは舞台の上に飛び上つた
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