は、件の「田舎」弁を操る社会的成功者である。
ただ、俳優だけには、絶対に発音の不正と、訛りの過多を許すわけに行かない。なんとなれば、彼等は、商売道具を精選しなければならず、その道具は、「総ての言葉」を正しく、美しく、はつきり、自由に出し得ることが肝腎であり、「シンブン」を故ら「スンブン」と発音するのは差支へないが、「スンブン」をどうしても「シンブン」と発音できないことは、致命的弱点となるからである。
訛りに関連してアクセントの問題は、近頃いろいろ自分でも疑ひをもち出してゐるのである。ここでは、一つ面白い話を紹介すると、名古屋弁のアクセントは甚だ特徴のあるものであるが、私の友人で、その名古屋生れのチヤキチヤキが、仏蘭西語をやつてゐて、その仏蘭西語が、また、われわれの仏蘭西語と少し調子が変つてゐるのである。向うの方が上手なのかもしれないから、うつかりそれは間違つてゐるとも云へずにゐると、その男が、ある時、仏蘭西人の前で本を読んだのである。すると、その仏蘭西人は、果して、その変な調子に気がついたとみえて、しばらく、その男の顔を見てゐたが、やがて、にやにや笑ひながら、「君の仏蘭西語は、マル
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