を反映してゐるにしても、義太夫、長唄等の三味線に合せる声が、著しく庶民的であるに反して、これはどちらかと云へば、特権階級的である。前者にみる被圧迫階級の忍従性が、こゝでは、特権階級の優越感によつて塗り代へられてゐる。従つて、これも、ある時代には美声の代表的なものとなり得るであらうが、今日では、少くともデモクラシイの精神に反する声である。変な声があつたものだ!
 琵琶歌の声といふものは、今、はつきり「耳」に浮ばないが、流派によつて可なり違ひがあるらしい。しかし、何れにしても、日本人の過去の生活を離れて、存在し得ない声であらうと思はれる。
 ただ、ここに、浪花節といふ奇妙な声楽がある。この声は恐らく、卑俗低調なその歌詞に、最も似つかはしい声であつて、「浪花節を唸る」といふ言葉は、確かに、真を穿つてゐるのみならず、これが大衆的人気を集めるといふ原因は、歌詞、歌調の情けない魅力による以上に、この「唸り声」が発散する一種の安価な刺激によるのである。この刺激は、これまた、封建的道徳の桎梏下に、諦めと反抗の間を往来する民衆の、辛うじて得る刺激の一つである。役人と番頭と向ふ鉢巻の若い衆は、正に、この民
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