してゐた。するとそれに押しかぶせて、直ちにAがかう云ひ足した。
「入つて来た時は放蕩息子の帰宅だつたが、かうしてよく見ると、之《これ》から出掛ける途中に寄つたと云ふ形だね。」
「もう沢山だ。」私は幾らか本気で、かう遮《さへぎ》らざるを得なかつた。が、内心では彼等にかう揶揄《からかは》れる事に依《よ》つて、私も一人前の遊蕩児になつたやうな気がして、少しは得意にもなつてゐた。『遊ぶ』といふ事、それは私にとつて、幾らか子供らしい虚栄《みえ》も含まれてゐたのだつた。
 その中に食堂が開いたので、話は自ら、別な方面へ移つて行つた。彼等はナイフやフォークの音の騒々しい中でも、軽快極まる警句の応酬や、辛辣《しんらつ》な皮肉の連発を休めなかつた。而して私も一二盃の麦酒《びーる》に乗じて、いつの間にかその仲間入りをしてゐた。
 食後の雑談は、更に賑《にぎや》かに弾んだ。私は既に完全に、彼等の仲間になり切つてゐた。私は他人に劣らず饒舌《おしやべり》になつた。而して皆に劣らず警句の吐き競べを始めた。
 すると、どういふ加減だつたか、私はふと妙に醒《さ》めたやうな心持になつた。それは私の警句や皮肉は、一種の努
前へ 次へ
全25ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久米 正雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング