ら知つてゐた。そして私もその人たちの創作や評論なぞを読んで幾らか興味を感じてゐた一人だつた。その中でもN君は一見して、山の手の堅い家に育つた、健全な青年の風貌《ふうばう》を備へてゐた。彼が今時の青年に珍らしく、童貞である事も前に聞いてゐた。私は一種の尊敬を以て、此のハイカラな厭味《いやみ》もないではないが、いかにも青年らしい清純な姿の前に頭を下げた。
私はいつか改まつたやうに固くなつてゐた。何だかいつもと違つた雰囲気《ふんゐき》の中へ、一人で飛び込んだやうな気さへした。いつもは連中の顔さへ見れば、自《おのづか》ら機智がほどけて来る唇さへ、何となく閉ざされてあつた。
「おい。どうしたんだ。そんな隅の方にゐないで、ちつとは此方《こつち》へ出ろよ。」目ざとく其|状態《ありさま》を見て取つたAが、いつもの快活な調子で、向うからかう誘ひかけて呉れた。
私は席をやゝ中央に移した。
「Kが今入つて来た所は、まるで放蕩息子の帰宅と云つた風だつたね。」私の腰を掛けるのを待つて、Hは傍《そば》から揶揄《やゆ》した。Hの揶揄の中には、私の気を引立たせる調子と、非難の意味とを含んでゐた。
私は黙つて苦笑
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