それなら、僕は意としてゐないよ。」
「それなら物質的に迫られて、此上|濫作《らんさく》をしなくちやならなくなつたり、通俗小説を書かなくちやならなかつたりしても、君のために損ぢやないと云ふのかね。」
これに対しては、私も答ふる所を知らなかつた。が、答へが出来なかつただけに、没論理の反感が、猶更《なほさら》むら/\と湧《わ》き立つた。Aは実際忠告でなしに、もう明らさまに私を攻撃してゐるのだ。私に対する侮蔑を、忠告の形で披瀝《ひれき》してゐるのだ。――私はかうさへ僻んだ。而して其儘《そのまゝ》むつつり黙り込んで了つた。私の胸の血は、彼らに対する反抗で、嵐のやうに湧き立つてゐた。
他の人々は此等の対話が始まると、もうぴつたり雑談をやめて了つて、大抵腕を組んだり、下を向いたりして聞き入つてゐた。Hも直接には何とも云はなかつた。彼は黙つて、其癖超然としてではなく、事の経緯《いきさつ》をぢつと聴いてゐた。それが私には気味が悪いと共に、やゝ頼もしくも感ぜられた。がいづれにもせよ彼が、私の味方でない事は解つてゐた。
たうとう其人たちの中で、私たちより一年前に大学を出て、当時M商店の広告部に入つてゐ
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