《や》り場《ば》であり、彼等に酬《むく》いる唯一の道なんだ!
 私は直ちにS行の電車に飛び乗つて、S町まで来ると、M橋停車場のタクシイを雇つた。
 それから五分と経《た》たぬ中に、私は丸の内を一さんに疾駆するタクシイの中で、しつかと胸の所へ手を組合せたまゝ、彼らに対する反抗で燃えてゐた。
「へん、有難さうな友情。友情が何だ! お為ごかしの忠告。忠告が何だ! 彼等に真の誠意があるならば、あんな所で、あんな殆んど公開の席上で、云はなくてもよからう。況んや、N君のやうな初対面の人たちまで居る所で。――彼らは全然自分たちの友情をひけらかす為と、俺を人の前でやつつける為にのみしたと云はれても、何と云つて弁解する?」
 私は厚い硝子《がらす》を通して、ひたすら前方のみを凝視《みつ》めてゐた。
 二十分かゝらぬ中に、自動車は目的の家へ着いた。私が下り立つと、急いで出迎へた女中が、私の顔を見るなりに、
「まあ、貴方《あなた》でしたか。ほんとによくいらつしやいました。先刻《さつき》から皆さんがお待兼でいらつしやいますよ。」と招じた。
「え、お待兼つて皆んな来てゐるのかい。」私の声は思はず高くなつた。
「えゝ。――さあどうぞこちらへ。」
 私は嬉しさの余り、二段づゝ急いで梯子段《はしごだん》を上つた。座敷に入つてゆくと、皆はもういゝ加減に酔つてゐる所だつた。
「やあ、よく来たな。」
「まあ、早く此処へ来て坐れよ。」
 彼らは声々にかう云つた。私は殆んど手を握らん許《ばか》りに興奮して、彼等の傍に座を占めた。――多分ゐるだらうとは思つてゐたが、かうまで皆が揃つてゐて、しかも自分の来るのを待つてゐたとは、殆んど誂《あつら》へて置いたやうなものだつた。喜んだのは私許りでなかつた。
「これだから、俺は念力つてものを信じるよ。あゝ、信じるとも。信ぜずにゐられないよ。――是《これ》だけ待つてゐたんだから、必ず来る。きつと来るつて僕はさう云つてたんだ。そしたら果して来たぢやないか。」平常《ふだん》から人間の心理的な力といふやうなものに、一種の迷信めいたものを持つてゐるS君はその鋭い秀《ひい》でた眼を少しとろりとさせ、白い小作りな顔をぽつとさせて、首を傾《かし》げ/\云つた。
「今日はね。先刻《さつき》から三人で落合つて、芸者《キモノ》抜きで酒を呑《の》み始めたんだが、S君が僕に人間つてものは面白いも
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