たK君が、私一人激しく責め立てられるのを見兼ねたものか、
「僕がこんな所へ口を出すのは、変だけれど、もう、そんな話はよした方がいゝね。僕はK君の心持は解つてる積りだが、もし忠告する事があるとしても、もつとプライヴェートにする方がいゝと思ふ。――こんな所でしては、たゞK君を悪い気持にさせるだけだから。」と口を出した。
 此の常識的な言葉には、誰も彼も推服せざるを得なかつた。Aも、
「僕ももと/\こんな事を云ふ積りぢやなかつたんだけれど、つい時の調子でこんな事になつて了つたんだ。Kにはほんとに失敬した。」
 と云つて収まつて了つた。
 そこで又元通り、他の雑談に移らうとしたが、一旦白けて了つた座は、もう元通りにはならなかつた。時間も既に十二時に近くなつてゐた。それで誰云ふとなく散会する事になつて了つた。戸外《そと》には正月の寒い風が吹いてゐて、暗く空が蔽《おほ》ひかぶさつてゐるやうな夜だつた。
 私の胸中は、まだ憤懣《ふんまん》に充《み》ちてゐた。私はそれを訴へたい為に、広小路の方まで歩くと云ふK君と暫《しば》らく一緒に歩くことにした。するとAとEも、そつちの方が道順だつたので、一緒に加はる事になつた。それで私は露《あら》はに、彼等に対する不快を、放散させる事が出来なくなつて了つた。私はたゞ黙り勝ちに、彼らの後を従《つ》いて行つた。
 広小路で四人は別れる事になつた。AとEとが去つた後で、K君は一人残つたけれど、そこへE行の電車が来ると、急に「もう遅いから、矢つ張り此辺から乗つて帰らうかな。」と云つて、
「ぢや失敬する。――今晩の事は、君もさぞ不愉快だらうけれど、皆も決して悪気で云つてるんぢやないんだから、君も悪く思はないで帰り給へ。いゝかい。では左様なら。」と、来た電車に飛び乗つて了つた。
 私は今度こそたつた一人、広小路の真ん中へぽつんと取り残された。夜の更けかゝつた風が、泣きたい思ひの私の両脇《りやうわき》を吹いて通つた。私は外套の袖《そで》を掻《か》き合せ乍ら、これからどうしようかと思つて佇《たゝず》んだ。此儘|大人《おとな》しく家へ帰れる気持には、どうしてもなれないのは解り切つてゐた。
「いけ! 彼処《あそこ》へ!」私の胸の中に、充ち/\てゐた憤懣が、突然反抗の声を挙げた。さうだ。彼等の忠告のすぐその後で、すぐその場へ行くといふ事が、彼等に対する憤懣の唯一の遣
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