ねえ。」
「けれども君自身に取つても、随分淋しい事だらうと思ふよ。君はそんな生活をしてゐて、朝眼がさめる時などに、堪らない空虚を感じないかい。」
「それはこんな生活をしなくたつて、僕は感じてゐるよ。寧《むし》ろ此頃の方が感じない位だ。」
「では、君はあの生活に満足してゐるのかい。」今度はEが口を出した。彼が口を出すことは、此の私を非難するAの管絃楽の中へ、更に喇叭《らつぱ》を交へるやうに強く響いた。
「満足してゐる訳ではないが、楽しんではゐる。僕は一般の遊蕩児の様に、楽しくもないのに、止むを得ず行《や》つてゐるといふやうなんぢやない。実際僕は楽しいんだ。」
「そんなら猶《なほ》悪いよ。そんな態度は享楽主義も初期ぢやないか。」
「さう云はれても仕方がない。」私はその享楽主義の初期と云ふ適評が、聴いてゐた他の人々に、起さした一種の微笑に対して腹を立て乍ら云ひ切つた。
「兎に角何だね。」又Aが追究して来た。「Hも其点を心配してるんだが、君はそんな生活をしてゐると文壇的に損だと云ふ事も考へなくちやならんね。」
「文壇的に損をすると云ふのは、人気を落すとでも云ふ意味かい。」
「まあさうだ。」
「それなら、僕は意としてゐないよ。」
「それなら物質的に迫られて、此上|濫作《らんさく》をしなくちやならなくなつたり、通俗小説を書かなくちやならなかつたりしても、君のために損ぢやないと云ふのかね。」
これに対しては、私も答ふる所を知らなかつた。が、答へが出来なかつただけに、没論理の反感が、猶更《なほさら》むら/\と湧《わ》き立つた。Aは実際忠告でなしに、もう明らさまに私を攻撃してゐるのだ。私に対する侮蔑を、忠告の形で披瀝《ひれき》してゐるのだ。――私はかうさへ僻んだ。而して其儘《そのまゝ》むつつり黙り込んで了つた。私の胸の血は、彼らに対する反抗で、嵐のやうに湧き立つてゐた。
他の人々は此等の対話が始まると、もうぴつたり雑談をやめて了つて、大抵腕を組んだり、下を向いたりして聞き入つてゐた。Hも直接には何とも云はなかつた。彼は黙つて、其癖超然としてではなく、事の経緯《いきさつ》をぢつと聴いてゐた。それが私には気味が悪いと共に、やゝ頼もしくも感ぜられた。がいづれにもせよ彼が、私の味方でない事は解つてゐた。
たうとう其人たちの中で、私たちより一年前に大学を出て、当時M商店の広告部に入つてゐ
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