うにゐたAが真打《しんうち》と云つたやうな格で、更に判決でも下すやうに、頤《あご》の先を突き出し乍ら鋭くかう云ひ出した。
「僕もいつかつから、君に云はう/\と思つてゐたんだが、君はあんな生活をしてゐて、ほんとにどうする積《つも》りなんだい。君があゝしてあの連中と一緒に、下らない遊びに耽《ふけ》つてゐればゐる程、僕らは君と遠ざからなくちやならない事になるよ。君はそれでいゝ積りなのかい。」
「仕方がないね。僕のほんとの気持が解つてゐて呉れる筈《はず》の、君らが離れると云ふんなら、僕は仕方がないと思ふよ。――そしていづれ時が来て、僕のほんとの気持が解つたら、又もとへ戻る事もあるだらうから。」
私はそれを聞くと、満腔《まんかう》の反感を抑へて、取《と》り敢《あ》へずかう答へた。それは私の精一ぱいの強気であつた。私はAがあゝ云つた言葉の中に、『俺に交際《つきあ》つてゐないと損だぞ。』といふやうな、友情の脅威が自ら含まつてゐるのを、何よりも癪《しやく》に障《さは》つて聞き取つたのだつた。
「それなら僕も仕方がないね。――併し、僕は何も君のために良友ぶつて忠告するんぢやないんだよ。僕らのために、いや僕自身のために君が遊蕩をやめて呉れたらいゝと思つてるんだ。君があの連中と一緒に遊び廻つてゐて、いつ行つてもゐないのみか自ら書かないやうにでもなると、僕は非常に淋《さび》しい気がするんだ。君がいつ行つてみても、あの机の前に坐つてゐて、猛然と書いてゐて呉れると、僕はどんなに心強いか、どんなに刺戟を受けるか知れないんだ。僕は君の荒《すさ》む事が、君自身に取つてよりも僕自身に取つて淋しいんだ。」
Aは更に得意の理論を以て、明快に論歩を進めて来た。私は彼の言葉に対して、何とも反駁《はんばく》のしやうのないのを感じた。が、これだけ整然と、合理的に説かれ乍ら、私は更に彼の態度に、反感の起るのを禁じ得なかつた。なあにAは彼自身、良友ぶつて忠告をしたいのに、彼自身の聡明《そうめい》さが、それを自身で知つてゐるために、わざと此忠告は此方《こつち》の為でなく、彼自身のためだと云つてゐるのだ。そして其実、彼自身の優越から来る、一種忠告慾に駆られてゐるのだ。――とかう裏の裏を見ずにゐられなかつた。かう僻《ひが》んで来ると、私はもう素直な答へが出来なかつた。
「併し僕は君らのために、生活してゐるんぢやないから
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